原作は、人気ミステリー「猫弁」シリーズで知られる大山淳子が2015年に発表した小説「猫は抱くもの」。同書はさまざまな境遇の猫と人間のエピソードを通じて、両者の間に存在する温かく切ない絆を描いた連作短編集だ。想像力を駆使した猫同士の会話や“猫目線”の描写などユニークな世界観は、刊行の直後から話題になっていた。実際に長く猫と暮らしている読者からは、「一緒に暮らしながらずっと言葉にできなかった気持ちを、この小説がうまく言い当ててくれた気がした」という感想が上がっていたという。
この物語のテーマについては、主演女優の沢尻エリカも撮影終了後、「主人公にとって猫は、“好きになれない自分”も引っくるめてすべてを受け入れてくれる、最大の理解者なんじゃないかなと感じました」と穏やかな表情で語っている。「たぶんそれはペットに限った話ではなく……自分の大切な“何か”と良い関係で日々を過ごすことって、誰にとっても大事だと思うんです。仕事や恋愛で悩んだとき、すべてを受け入れてくれる存在がいてくれること。自分を癒やし幸せにしてくれるものを、心から大切にすること。そういうのって素敵だなって。この映画に出演して、改めて考えたりしました」(沢尻エリカ)
主人公と猫の関係を立体的に浮かび上がらせる、斬新なアプローチにも注目してほしい。映画内に「人の視点」と「猫の視点」を導入。劇中では実際の猫に加え、個性豊かな俳優たちが擬人化された猫を演じる。現実世界ではヒロイン・沙織のそばにいた町の人たちが、別シーンでは一人二役で個性的な猫になりきっていたりと、演劇を感じさせる配役となっている。さらに物語内には、現実の風景で撮影された「実景パート」と、古いホールを現実世界に見立てた「舞台パート」、手書き風の「アニメーション・パート」という3つの世界観がコラージュのように組み合わさっている。演出を行う上で監督は、「実景=リアル」「舞台=妄想」という分かりやすい法則は設けておらず、リアルと妄想の境界線をあえてぼかしていると語る。
猫に導かれながら、虚と実の境界線を行き来するヒロインの内面に迫っていく手腕は、まさに犬童監督ワールドの集大成にして新境地。”猫映画”のカテゴリーを超えて、自分らしい生き方を希求するすべての観客の心を温かく満たすドラマが完成した。
多彩な個性が出会い、生まれた映画『猫は抱くもの』。そのストーリーを通じて、犬童監督は「うまくいっていない時間特有の、キラキラした感じを撮りたかった」と語る。
「物事がうまく運んでない状態って、普通はネガティブに捉えられがちですよね。だけど映画というのは面白くて、日常が充実している人を撮ったからといって、物語が輝くとはかぎらない。むしろ、うまくいってない人たちを撮った方がスクリーンがキラキラしだすというマジックがあるんですね。この映画で僕は、ある夢を持って挫折しつつ、そこから自分の力で抜け出していく女性を描きました。そこにあるのはいわゆる自己実現だけではなく、ポジティブな意味で夢と決別し、今の自分を受け入れる過程も含まれるかもしれない。人生で置いてけぼりをくらっている時間には、そこにしかない豊かさがある──。ヒロインの妄想癖に付き合いながら、そういうことをちょっと感じ取っていただけると、嬉しいですね」(犬童監督)